MDF、集合配線分配棚

(Main Distributing Frame)

 極度の眼精疲労とそれに起因する激しい頭痛のため、洋語辞典の執筆を6月11日以降中断していましたが、後遺症は有るものの現在は少し軽減しましたので、洋語辞典を再開します。

 MDFとは、数多くの電話線を建物内に引くときに、電話会社側から引いてきた「束の電話線を建物内の各所に配線するための中継となる棚」。電話局側の一次側電話線を棚の表側の端子に、建物内の二次側を棚の裏側の端子に接続し、一次・二次の間をジャンパー線と呼ばれる電線で結ぶことによって、素早く正確に電話を開通させるための仕組み。

 MDFという言葉を聞いたのは、今から十数年前、田舎の勤務先から本社の庶務部門に転勤してきた時のこと。当時ISDNという言葉が流行り始め、電気通信事業法が改正され各企業が専用電話・通信回線を敷設し始めていた。

 ご多聞に漏れず筆者の所属する法人でも専用線を引くことが決定しており、いよいよ実施に移る段階になっていた。その時のエピソードを紹介したいため、MDFを取り上げることにしました。

 A氏=第二種通信事業会社課長、B=筆者、C=新入1年目社員。

A:Cさん、いよいよ回線を引くことが出来る状態になりました。

C:長かったですね。あれから1年近くになりませんか。

A:ご迷惑かけています。いよいよです。仕事の手順をご説明しますと私どもの回線を御社のMDFに繋いでですね・・・!

B:ちょっ、ちょっと待ってください。MDFってなんですか?

A:課長代理のB様には知って頂く必要の無いことです。Cさんが知っていらっしゃいますから。それでですね、Cさん。次の手順は・・・・・。

 新入社員が知っていようともユーザーの課長代理が教えてほしいといっている事項を、如何に花形産業の若きエリート社員であっても説明するべきで、その応対はないだろうと憤慨しながらも、無知の世界を楽しそうに語る二人の会話を唯々拝聴するばかり。

 その日以降、筆者は上司にお願いしてNTT中央学園の通信講座を受講させてもらうことにし、その一方では、先の第二種通信事業会社の社員が打合せに来る度に「時候の挨拶はさておき、MDFとは何かについて、説明して頂けたならば次ぎのお話を伺わせて頂きます。」と宣言して対応することにした。

 その度に会社で作成した用語集やスケッチや何やらかにやら持参しては親切に説明してくれるのであるが、その度に筆者には全く理解できない専門用語を駆使して説明してくれるものだから、なお更、解からなくなってしまう。

 解からないから解からないと返答すると、その度に担当者は替わるし、終いには「ウチの会社の社長と御社の副社長は大変親しいのですよ。」などと脅しにかかる有様。

 筆者も、しがないサラリーマンだからいつまでも意地を張っているとクビになるかもしれないので手打ちの為に

B:MDFのスペルを教えてください。そしたら次ぎに進みましょう。

と、ヒントを与えると

A:アルファベットのMとDとFです。英語のスペルは知りません。

と、素直に知っていることと知らないことを明確に解答したので、筆者は冒頭のスペルをA氏に教えて事業を先に進ませることとし、無事専用回線が開設されたのである。

 こんな経験をした無知の筆者であるが、最近の日本経済はA氏の親分みたいな人間が跳梁跋扈していると感じることが多くなった。一体全体どうなっているのだろう。

 実に多種多様な言葉がゲーム感覚で飛び交い、判っているのか解からないのかが、判らないまま経済活動を営んでいるのではないかと疑ってしまう事象があまりにも多すぎるのである。

 曰く。

これからの事業はPFI事業です。そのためにはSPCを設立して、プロジェクト・ファイナンスにより、ストラクチャーファイナンスを確立し、ノンリコース・ローンによるエクイティを発行して財務体質を強化します。倒産隔離を確立するためにFM手法を活用したLCCによりIRRを最大にしてはいかがでしょうか。・・殿、ご決断を

 これらの言葉の意味を判っているのか解からないのかが、判らない自称プロと称する人々が口走り、その意味を尋ねようものならその瞬間軽蔑の眼差しを投げかけてくる。

 軽蔑しようと侮蔑しようと二人の間ではさほどの問題にならないのだが、この自称プロ集団が、国のリーダーや企業のリーダーにその知識を奏上する場合は大問題となる。

 ところがある種のリーダーは、自分の知らない言葉を発する人種を重用する性癖が強い場合がある。特に自分の知らない言葉を駆使して国の内外、企業の内外でディベイトを張っているのを見ると「自分の為に何やら口角泡を飛ばして相手を打ち負かしてくれている。」と多いに感激し涙を流すのである。

 丁度、清朝末期の状態に近い。絶大なる権力を持つ皇帝と、それを取巻く宦官・茶坊主・お局様。そこに現れた外国人。そこで取り交わされる賂の数々。暗躍。中傷。誹謗。生活苦で息もつけない下々の者は、阿片を吸って身を滅ぼしていくしかないのだろうか。

 そんな現象が、現代日本には蔓延っていると、筆者は思う。

 SPCと言う以上は法人を意味しているのだろう。法人とは、法律によって人格を与えられた主体なのだから、民法によるのか、商法によるのか、流動化法によるのか、それとも他の特別法によるのか、そこを明確にして発言するべきだ。

 しかも先の自称プロ集団は、殿から誰を任務につけたら良いかを尋ねられると、「あの者ではいかがでございましょうか。あまり頭が良くないですが、実直ですし、不平・不満を述べる口を持ち合せてはおりません。少し苦労させて勉強させる必要もあると思し召します。えっ!私メでございますか?私メは、殿の懐刀・知恵袋としてお側において頂きとうございます。あの者が道を間違わぬよう殿に成り代わりまして徹底的に指導致します。」と実直者を推挙する。

 かくして「あの者」は任務に就くのであるが、どんな任務か全く判らない。そこで自称プロ集団に聞きに行くと、「それを考えるのが貴殿の仕事ではないのか!そんなことも判らず任務に就くとは無責任な。少しは恥を知れ。」と衆人環視の元で罵倒し尽くすのである。

 全くもって、やりきれない。普通の神経では自殺してしまうかもしれない。丁度リストラの最中だから、丁度良い人減らし策かもしれないが。

 何が間違っているか、聡明なる人々には良く判ると思う。ところが殿には起こっている事態が全く理解できないのである。21世紀まであと3ヶ月を切った現在においてもなお、この様な茶番が繰り返されているとしたら、日本人とは如何に堕落した人種に成り下がったかと嘆かざるを得ないのだか、下手に直訴しようものなら打首獄門を受けかねない。

 時代に乗り遅れまいとして生半可な知識を振りかざす人々にお城の運営を任すことも、井戸の中の出来事で済むならば許されることかもしれないが、IT革命が着実に進展している変化の時代にあっては、生半可な知識を振り回す自称プロ集団よりも、実直に天職を全うしようとすることの方が、神の摂理に適っていると思うのは筆者だけだろうか?

掲載2000/10/08